誤嚥性肺炎の話 その② 〜肺炎の治療を阻害するもの〜 【白波百合とリハビリテーション】

呼吸

暖房の効いている休憩室の中は暖かい。白波百合はそれとは別の不思議な暖かさを感じていた。

白波 百合
白波 百合

それでまずは酸素療法や薬物療法に並行して、自分らはしっかりと呼吸機能を評価して痰を出せば良いんすね!

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。そうだけどそれは難しい。僕だって未だに勉強はしている。そして痰を出す前に大切なのは加湿だよ。

白波 百合
白波 百合

お部屋の湿度を上げるってことっすか?

山吹 薫
山吹 薫

もちろんそれも重要だ。その前に脱水傾向でないかを確かめる必要が有る。口の中がしっかりと湿潤としているか、していなかったらまずは脱水への対応と口腔ケアが必要になる。

白波 百合
白波 百合

歯磨きってことっすか?

そうだ。と山吹は淡々と答える。いつもと変わらない口調なのに不思議と暖かく感じるから不思議だ。何かあったのだろうか?

山吹 薫
山吹 薫

もちろん最初は自分で磨くことは出来ないし、うがいなんてのも難しい。よって関わる看護や僕らでしっかりと行う。もちろん言語聴覚士の介入があれば良いが、それでも一緒に口の中の十分な加湿を行う。

白波 百合
白波 百合

確かに口の中で雑菌が繁殖してしまったら気持ちも悪いし、それが原因になることもあるっすもんね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。そして顎の周辺にかけて唾液腺マッサージも行うと良いと思う。ここら辺の介入は看護や言語聴覚士と同様だね。そしてそこから体位ドレナージを行う。聴診で分かった痰のある場所を上にする姿勢をとる。もちろん呼吸苦を確認しながらだな。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。気管に沿わせて痰を肺の奥の方から中枢に移動させるっすね!

先輩は文献から顔を上げる事なく自分に語っている。それはいつもの風景である。だけどもやはり何かが気になる。

山吹 薫
山吹 薫

中枢の気管に痰が上がってこなければ吸引してもらう事も出来ないからね。そしてこの段階では出来ればすぐに看護師さんを呼べる環境で行うのが良い。痰が多かったり硬いとそれが詰まりかねないからね。

白波 百合
白波 百合

そうっすね。でも吸引は見ていても、もちろんされていても辛いっすよね・・・

山吹 薫
山吹 薫

だから並行して深呼吸や咳の練習も行う。指示が理解できるならばゆっくりと少しずつ大きな呼吸をしてもらい、その後しっかりと咳をしてもらう。もちろん痰の上行により自然に咳ができる事もあるけど、咳は自分で意識しても出せるからね。

白波 百合
白波 百合

確かにそうっすね!深呼吸して咳をする!当たり前に見えて大切っすね!

いつもと違う山吹を眺めながら白波はあぁそうか。とため息をつく。単純な事だった。

山吹 薫
山吹 薫

深呼吸をするだけで、気管から分泌物を出そうとする腺毛と呼ばれる器官の動きも促進されるから並行して行う事が重要になる。胸式呼吸の場合には腹式呼吸を促す。すると呼吸も楽になる事が多い。

白波 百合
白波 百合

たしかに肩でずっと息しているのもしんどいっすからね。細かく何度も呼吸をするよりも、ゆっくり大きく呼吸をする事を指導するんすね。

山吹 薫
山吹 薫

最初からみんなできるという訳ではないけどね、その後のリハビリも円滑になるからな。

白波 百合
白波 百合

試してみるっす!まずは痰が溜まっている所を上にする姿勢にして、深呼吸を出来れば腹式呼吸で促してしっかり咳をするんすね!

ふむ。と山吹は顎先に曲げた人差し指を当てて頷いてみる。白波はその仕草を見て、たぶん自分の先輩を見る目が変わったのだ。そんな事に気がついた。

山吹 薫
山吹 薫

しかしその時に気を付ける事もある。まずは痰の性状だね。それが硬いと動かしている間に詰まる。それにはしっかりと加湿を掛ける必要がある。口呼吸の時ばかりしている時には注意だ。本来人は鼻腔を通る時に空気が加湿される。それがなされていないと乾燥しやすい。

白波 百合
白波 百合

なるほどっすね!ならば鼻からの呼吸を促せば良いんすか?

山吹 薫
山吹 薫

そうとも言えない。例えば酸素が一分間に1lの流量で流されているとする。人の一回で吸える空気の量は大体500ml、一分間に16回呼吸するとして単純計算で8lとなるからフォローできるのもその一部だ。だから口からも同時に呼吸してもらう事も必要だと僕は思う。

白波 百合
白波 百合

ふぅむ。なかなかやる事は多いっすけど。まずはしっかり痰を出せるようになって肺を綺麗にしないと薬物療法も酸素療法もうまくはいかないっすね!

だな。と山吹は白波の方へと向きを変える。その頬にはわずかな笑みが浮かんでいる。白波は目を丸めて肩を竦ませる。

山吹 薫
山吹 薫

だがその時に注意しないといけないのは、一番最初に話した換気量と酸素化についてだ。痰の多くは量の肩甲骨下くらいにある上ー下葉区にある。うつ伏せになる腹臥位療法もあるが、これは循環動態や頸部にストレスを与えるし長時間に渡るから主治医と共に行わないと危険だ。

白波 百合
白波 百合

でも両方の背中に痰があるんすよね?うつ伏せにならなかったら、どうやってその部分の痰を出すんすか?

山吹 薫
山吹 薫

その代わりに使われるのは前傾側臥位といって、まぁ横を向いて抱き枕を抱えるような姿勢だな。その姿勢でも背面にある痰が重力に沿って中枢への気管へと痰を移動させる事が可能だが左右に行う必要がある。しかし考えてみると必然的に片方の肺が下になるだろう?

白波 百合
白波 百合

あっなるほど!片方の肺に十分に酸素が入っていかない事もあるんすね!

山吹 薫
山吹 薫

そうだ。もちろん酸素化が保たれていれば良いが。片方の肺の動きが抑制されるから、換気量が低下する事も多いから注意だ。それにもし心疾患が合併していると血圧にも大きく影響を与えるからまずは慎重に行うように。

うっす!と白波は答えてみせる。だけども不思議と先輩の顔は見れない。思えば単純な事であったけど、これほど厄介な気持ちになるだなんて。

白波は上気する頬に気付かれないように、西日の差す方向へと自分の顔を向けた。

白波百合のノート 69

・痰を出す前にまず加湿!そして深呼吸や咳を促していく。前傾側臥位を取るのも効果的。ただしうつ伏せになるのは主治医と相談!

・換気や酸素化も注意しつつ循環動態にも注意!重症の患者さまでは特に。

・先輩の顔がうまく見れない。

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